Yahoo!検索 – ウォーリー はじめの一歩.

さて、いよいよ始まりましたね、ウォーリー対一歩。久しぶりの一歩の本気の試合が見られます。

私が気になるポイントは、

スピードについての板垣のコメント
ミゲルが授けた「勝たなくてもよい技」(必ずしも負けを意味しない)。

そして、言わずもがな

世界チャンピオンを狙える逸材、ウォーリーをどのような方法でノシていくのか。勝つことが分かっているからおもしろくない、ではない。
一歩自身の世界チャンピオンへの距離を測る上でとても重要な一戦。

宮田君とはしばらくは試合できない(もしかしたら生涯縁がないのかも知れない)中で、少なくともスピードは宮田を想定して戦うことができる。

一歩の「強さとは何か」という課題にもう一つのページが加わることになるでしょう。

今回は非常に高い集中力を保持しつつ、試合に挑んでいます。

最後あごに小指がかすったところで、ウォーリーダウン。そこで学んだ天才はまだまだスピードを上げそうです。しかし、一歩を倒すためのパンチを持っているのか、が問題。しかし、やはり最初の台詞「(負けないまでも)勝たなくても良い」というところを展開させるのでしょうか。

鷹村のような野生の勘に現代ボクシング理論を積みたい、というのがミゲルの欲求。しかし、今回はその逸材が一歩と出会うのが早すぎた。だから、freedom。もう、自由に戦っていい、という指令です。ここはやはり同じような型の板垣のコメントが欲しいところです。

板垣にはウォーリーの動きが見えているのだろうか。だらっと手を下げた無手勝の構えは板垣そっくりです。

一歩 ウォーリー – Google 検索.

そしていい台詞がでてきましたね。「やっぱり怖い、しかし、そこがいい」。

コーナーに追い詰められたときに、ぶーんと揺れて逃げる技。そこで試される一歩の訴追能力。

ということで、早速コーナーに追い詰めてます。しかし、あっけなく脱出。しかもロープを使って身体を移動させ、カウンター気味に顔面にパンチが入りました。

玉砕覚悟の相打ち狙いで、ボディに入るか。

久しぶりにストップ・アンド・ゴーのデンプシロールが観られるかも知れない。

その前に、小さく身体をたたんで「肉を切らせて皮に触れる」と言ってます。ボディにすら触れない状況で、どのような展開になるのでしょうか。

ひょっとして、芯に向かって打ち合うパンチだけではなく、かすらせて脳を揺するパンチを身につけるための複線なのか。

2月10日、ちなみに最新号では、コーナーポストに張り付くがごとく跳躍してから、ウォーリーが襲いかかってきました。「彼は楽しんでいる。そのわくわく感に関して僕は負けるつもりはない」。

触るだけのパンチ、から威力あるものが出せるのか。一歩自身が楽しんでやるボクシング。展開に目が離せないなー。

ナジーム・ハメド – Wikipedia

ハメドの解説では、ブライアン・ホークに言及がなされています。そして、オーソドックスな選手ほど苦労する、と。一歩はオーソドックスではない。ピーカブースタイルを主体とした絶滅種だ。そんな努力型オールドスタイルが、悪魔王子(=ハメドのニックネーム)にどのように反撃するのでしょうかねー。

今週五回触りました。その後の展開が全く読めないところがすごい。

ウォーリー「足に当たった」という今週の台詞。なんでしょうね。すっぽ抜けたような一歩の左は実はじわじわと効いていた、といったストーリーなんでしょうか。この展開では最終的にウォーリーを倒さないかぎり判定勝ちはありません。6Rなので6回触れ。つまり、セコンド側では無策です。うむむ。分からん。

そしてコーナー攻撃。ガキーンという振り下ろしの音とともに、一歩がコーナーにたたきつけられました。会長はタオルを投げようとしています。

物語として、ここで負けてしまうわけにいかない。何かを継続しないといけない。しかし、もちろん物語は物語なので、どこかで破綻を来す可能性はあります。その物語の破綻が見える部分で、現実との境目が分かる、なんてことも言える訳ですから。つまり、物語が失敗する、その部分こそが現実との接点である、とも言えるのです。

宮田君を想定して鍛え上げた膝も、やばい。ただでさえ連載が長すぎるという批判の多い「はじめの一歩」ですが、ここらで何らかのカタルシスがないと尻つぼみになるかも。「軍鶏」という漫画も一番いいところでトラブルに巻き込まれているし。

今週のマガジン。そして、カタルシスはあの鴨川の鉄拳炸裂、ということろに落ち着きそうです。なるほど。極限状態まで身体を痛めつけないとあのようなめきめきしたパンチは打てない、ということなのだな。来週辺り、ウォーリーの悶絶画面が見られそうです。そして足に影響がでたのはなんだったのかが、気になりますね。

野生にはない、リングの上の闘争純血種一歩の誕生か!?

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日付:2010/05/12 00:28

1q84 book3 感想

2010.4.16

本日が発売日でした。仕事の合間に集中して読み込んで現在半分まで。

ものすごく集中して読んでいるので、頭がくらくらしてます。でも読み応え十分。

牛河の章が追加されて、俄然おもしろくなってきました。

この本を日本語でいの一番に読めることに喜びを感じつつ。



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日付:2010/04/16 20:43

村上春樹氏:「1Q84」を語る 「来夏めどに第3部」 – 毎日jp(毎日新聞).

やはり、です。出版されるようですね。第三部が。来年初夏となると、私の中では相当早いなー、というのが実感です。

緊急の解説本が出たり、ブログや雑誌が様々な特集を組んだけど、やっぱりハルキチは「批評のたぐいは全く読んでいない」のだそうです。何かを恐れずになしとげるには、外部の情報を遮断する時期というのも必要なのでしょう。

本人曰く「リトル・ピープルとは何かについて」見定める必要がある、と。つまり自分でもなんだか分からないのでしょう。そういう感覚って非常に分かります。

最初から分かっているものを何年にもわたって執筆できるものではないですよね。だから、読者としても判断をずーと留保しておくのがいいのじゃないかな。早急に「リトル・ピープルとはこれだー」とか決めてしまわないでさ。

ポイントとしては、

1.ドラマツルギーの中でのピストルの役割。
つまり果たして、青豆が生き残ったとして、天呉には会えるのか。会えない場合、

2.天呉は自分が生き残ったことについて、それは青豆が犠牲を払った結果であるという事実を知ることができるのか。つまり月が二つある風景はそのままなのか。1984には戻ってこれるのか。

東山魁夷「二つの月」

東山魁夷「二つの月」



などなど、です。

特に注目したいのは「羊をめぐる冒険」や「ねじまき鳥」から続く悪の系譜です。

牛河がエージェントとなってその姿をおぼろげながら現す戦前、戦中、そして戦後の負の記憶。

ねじまき鳥において、いままで無垢な一個人であった主人公がバットを持ってギターの男に暴力をふるったように、「劇的な価値の転換」が待ち受けているように思います。宮脇家の枯れてしまった井戸に入るように、天呉はどこかで暴力をふるう必要がある。

あるいは、柔道をやっているところから受け身的なパシヴァらしい行為をなすのかも。そうしないと負の記憶(リトル・ピープル的なもの)に対抗できないですからね。

とと、何のことを言っているのか不明な方はメールやコメントなどでご質問ください。

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日付:2010/04/06 00:18

1Q84 感想

2009.11.16



待ちに待った春樹の新作。至福の時。1Q84につきましては、大変ブログへの反響が大きいので、メモを取っていきたいと思います。

(続きを読む…)

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日付:2009/11/16 00:44

軍事用語ですが、「戦闘を通じての偵察行動」ってご存じでしょうか。

最近読んだ本の中にでてきました。通常戦闘を開始する、という状況は現状の分析がすんでからのことですよね。

しかし、漠然と攻めるべき相手が分からない、相手が何を考えているか分からないときがあります。そんなときに一当てしてみる。ちょっと鉄砲を撃ってみる、という行動が必要になるのです。

その戦闘行動に対して相手がどのように反応するのか、を適宜判断しながら分析を募らせていくのです。

ある社長さんと話をしていたところ、「そんなの毎日のことだよ」とのこと。目から鱗が落ちました。私はどちらかというと相手の反応がないと非常に落ち込むタイプなのですが、そこで意気消沈している場合じゃないということでしょう。

この「RTB=reconnoissance through battle」肝に銘じたいと思います。

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日付:2009/11/10 21:31

「何かにたっぷりと時間をかけるのは最も洗練された形での復讐

というフレーズをご存じでしょうか。これは村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」という小説にでてくる一節です。

なんども読み返した小説なのですが、このフレーズは「これでもか」というくらいの赤線が引かれています。気になった文章はごりごりと色鉛筆で線を引く習慣があるのです。

どういう意味なのでしょうね。復讐、という言葉が強烈で妙に印象に残ります。

21世紀に生きる我々は、「早さ」という概念に対して変更を迫られている気がします。早く作っても、早く処理しても、その結果が雑であれば見向きもされない、ということです。

なぜか。たくさんものがあふれるようになって、生産過剰になっているからです。

私は小さい頃から要領がいい方で、自分で言うのもなんですが、ものごとに対しての飲み込みの早いほうでした。しかし、何でも早く雑にこなしてしまう癖がついているせいで、技術が深まっていかない、という重大な欠点を持っています。
合気道の稽古では、この器用貧乏が徒になります。雑にこなしているうちにうまくなるだろう、という頭でやってきたのですが、やはりそうはなりません。とにかく早く、雑にこなしているうちにだんだんと下手になっていく、という現象が起こるのです。ここで、大きな転換が期待されているのは言うまでもありません。

時間をかける。ゆっくりと丁寧にやる。丁寧に物事に当たるとき、それが成就するとき確かに不適な、不遜な気持ちになることがあります。

「これだけ時間をかけて、しっかりとやるべきことをやった。誰にも邪魔されなかった。ざまあ見ろ」。

さて、誰に対して復讐した気になるのでしょうか。

物語が始まる以前まで遡って、「物語が始まる起源」を探る。そのためには当然今の物語の外へでる必要がある。外へ出るためには、場所が必要となる。自分の井戸を見付ける。

バガボンドでも、小次郎は言葉をしゃべりません。それは自分の起源を探り、外から物語を語るための方便なのでしょうか。

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日付:2009/11/07 00:04

日本の漫画は世界的にみてもレベルが高い、と言われていますね。

注目が集まれば、そこに人材が集まってきますし業界全体のレベルも当然上がってきます。19世紀ロシア文学のように、21世紀ジャパニーズMANGAも後世への遺産となっていくのでしょう。

さて今回取り上げたいのは「バガボンド」(週刊モーニング不定期連載中)です。

史実としては出会うことはなかった、と言われる一刀流の始祖、伊藤一刀斎と二刀流宮本武蔵。この二人が激突しています。

しかも見えないエゴが映像化されてオーラバトラーの炎のように(古すぎる・・・分かる人います?)揺らめいています。

DSC_0055 のコピー
面白さのポイントは以下の通り。

1  武蔵の台詞。
「俺はまた戦いの螺旋に巻き込まれたくない。しかし、この円の中に入ってくるものから何もせずに切られてもいいと思うほど従順じゃない。」
つまり、会えて殺しの螺旋に踏み込んでは行かないが、入ってくるなら容赦はしない、という構え。当然それは「誘っている」ような身振りにならざるを得ない。

2  一刀斎の台詞。
「どっちが強えか。試したくなるだろう。」
あくまで剣で切り結ぶことで最高のコミュニケーションをしたい人の台詞。

司馬さんも書いていますが、歴史上の人物について、その時代の人に尋ねて歩いても真実は浮かび上がってこない。後世の人間の方が当時の人たちよりも知っているものです。つまり、同時代の人に

宮本武蔵って、どんな人なんですか

と聞いても適切な応えはでない。だって、まだ死んでないし、どう評価していいのか分からない訳ですから。

伊藤一刀斎は日本の伝統的な一刀流を編み出した始祖とも言うべき人物で、その後多くの流派に引き継がれた。武蔵は一個の天才であって、その技術体系は二天一流として細々としか継がれていない。

理由としては武蔵のような気根を持ったものでないとその技術体験の習得は難しいから、ということです。それが理由で徳川家にも仕官できなかったと言われています。しかし、この根本原理のようなものは五輪の書となって広く世に知られている。

こんな二人が偶然出会った、という展開になっています。

一刀斎が武蔵の書いた円より一回り大きな円を描いて、これは俺の刃圏だという。そして武蔵の認められたい、という欲求を喚起しておいて一言、

「駄目。それでは0点」

そこで、武蔵のオーラがメラッと炎たつ、という状況になりました。

みなさんの周りにもいるでしょう。個人的に付き合うには面倒な人だが、その人の行動から目が離せないという人。武蔵はまさにその典型的な「遠目から見物していたい人」。

そいつが一刀流の始祖との勝負に巻き込まれています。戦いの螺旋はまだまだ続きそうです。

いったん炎立ったエゴが、なりをひそめて武蔵曰く「こんな気持ちで一刀斎と向き合うのは、mottainai」。
(それにしてもこの台詞は輸出されたら、どうやって訳されるのかな・・・。口語的に言うと、

What a shame if I would face with you like this….

かなー、ちょっと違う?(ネイティブ英語に近い方いらっしゃったら是非教えてください)。

憤然とした一刀斎は黙したままその刃圏を乗り越え、見えなかった右腕を振り切って鞘走った・・・・ように見えました。

たしかにまとわりつくような重さがあった・・・

これって、非常に気になる台詞です。バキがピクルに見せた鞭打では、皮膚の表面をたたくだけでした。

ここではその腕の重さについての言及がありません。

シャオリー(消力=技術)は、弱いものが身につけた武器なので、強いものには要らない、と花山がいっています。

しかし、さらに一刀斎曰く、「千点やろう。しかし、小次郎の助太刀があったからだ。だから、やつの方が強い」

といってます。

自我の凶暴性には勝つことのできた武蔵。さて、小次郎との戦いはどのような位置づけになるのでしょうか。

身体をつかって、自分が生まれる前のオレってものを見付ける旅」はいよいよ最期の敵=パートナーへ。この台詞があるが故に、単なる400年前の昔話に終わらず普遍的な価値を持つのだろう。

武蔵はカラスの飛び立つ瞬間、起こりを察知して剣を振って、遊んでます。奥が深いねー。

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日付:2009/10/26 00:37

足りないのは、情報を産生する能力である。

情報を処理する能力を学ぶ方法や、ツールはたくさんあるのだが、とある状況を見て、まだ言葉にならない状態から、言葉を紡ぎ出している能力が足りない。

「養老孟司」

つまり、ある状況があったときに、それを言語化する、という能力が必要とされているのだ、ということ。いったん言語化されたものを、効率よく処理したり、並べ替えたりはパソコンを利用してどんな風にでも高速にできる。しかし、それは単なる早さを競っているだけであって、新しく何かを生み出している訳ではない。

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日付:2009/09/07 12:46

「のような」という文言をつけて、物事を形容してみる。

規則1.慣用句を避ける。
規則2.それにぴったりくるような表現をさがす。

これをやることのメリット。

文章を書きたくなる。表現力が増す。注意力が増す。誰よりも比喩で遠くへ飛んでいけるように。

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日付:2009/09/04 17:21

kawara
ブログを構築するときのメリットのひとつに、「一件ごとの記事の反響を分析できる」ことが挙げられます。

これは通常の手書きHPと、ブログ記事が集まったHPの違いから導き出されます。

通常の手書きHPでは、ページはそれぞれのメニューごとになっています。つまり、メニューごとの分析ができるだけなのです。ページが別れていなかったら、分析のしようがありませんものね。

さて、一方のブログ。これは「小さく初めて、ちょっとずつ育てていく」という性格があります。

IMG_0547.JPG

小さく初めて、大きく育てるってどういうことなんでしょうか。

先日読み返した「海馬(糸井重里・池谷裕二著)」という本に次のようなことが書いてありました。要約します。

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日付:2009/08/22 22:20

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